卒業生の声(リワーク/転職)

卒業生の声(リワーク/転職)

S.Tさん(40代:男性)

私はリファインと出会い、自らを見つめ直しブランクを乗り越えて、3社から内定を頂き、
最後は好条件の2社のどちらに入社するか、贅沢な悩みをリファインの代表と相談した結果、
本当に自分に合った素晴らしい企業に入社できました。

そもそも私がリファインに通所することになったのは会社に行けなくなったからです。

私が、会社に行けなくなった原因は2つあります。

①生活のサイクルが維持できないこと(昼夜逆転することが非常に多かった)

②人からの指摘や注意を、重く受け止め過ぎる癖が身についてしまったこと

①は、遡ると、中学校の頃にまで戻ります。私は、昼夜逆転生活により、学校に通え
なくなっていました。その頃は「ひきこもり」なんて言葉はありませんでしたが、ま
さにその状態です。今よりもずっと世間の認知がなく、「さぼっているだけだ」とい
う偏見が強かった時代でした。なんとか高校に進学したものの、結局、通えなくなり
中退しました。今思えば、このときちゃん修正をしていれば、その後の人生も違った
のかもしれません。

大学に入学し、その後の生活も順調だったことから、治ったと錯覚していましたが、
社会人になると、忙しさもあって、また生活のリズムを崩すようになってしまいまし
た。今振り返れば、有給休暇の範囲内だったので、後ろめたくなることはないのです
が、繁忙期の時期だったり、他の人よりも休暇の消化が多いことを気にしてしまい、
更に、「休んでしまったのだから、次に出勤するときはそれを取り返さなければ」と
いう意識が強くなりすぎて、自分に無理を強いることになり、出勤することのハード
ルを「勝手に」上げてしまっていました。
それが、また行けない要因になり、休んでしまう。この負のサイクルを抜け出せず、
だんだん職場に居づらくなってしまいました。

リファインに入っても、最初の数カ月は、この修正に苦労しました。1日出席して
は、数日休むというような生活を繰り返していました。それでも、なんとか続けられ
たのは、スタッフの方の支えです。なかなか出席してこない私を我慢して待ち続けて
くれました。
おかげさまで、3カ月目から、私自身も生活のリズムを維持することができ、休むこ
とはほとんどなくなりました。もし、スタッフの方が焦らす対応をしていたら、最初
の数カ月で挫折していたかもしれません。そういった利用者の立場になって考えてい
ただいたことは、非常に感謝しています。

一度崩してしまった生活のリズムを戻し、維持し続けることを自力で行うことは、簡
単そうに見えて、非常に難しいことです。毎日通って、スタッフや他の利用者の方
と、コミュニケーションを取り続けたことは、間接的な手段に見えるかもしれません
が、生活のリズムを維持するいちばんの策でした。もちろん、その中には、朝が辛い
悩みの共有や、スタッフの方のアドバイスがあったことも、大きなポイントです。

②は、日々のワークの中で、気付きがありました。
日々与えられる課題をこなすことで、自分の認識が「間違っている」とまでは言いま
せんが、「行き過ぎている」ということに気付きました。
私の中で、反省の度合いが大きいことは、美徳の感があり、反省しないで次のことに
進んでしまう人を軽蔑するところがありました。
反省をしないことは駄目です。でも、反省を受け止め過ぎて、次の行動が停滞するこ
とは、もっと駄目なことに気付きました。

また、ワークに慣れてきて、他の利用者の言動を観察する余裕が出てくると、「なん
で、この人はそんなに自分を責めるのだろう。全然、悪くないのに。そんなに反省し
ないでいいのになあ…」と思うようになりました。人の振り見て我が振り直せと言い
ますが、これを自分に置き換えたとき、「私も、人から、そう思われていたのではな
いか? ならば、反省をもっと軽く考えても、『あいつは反省してない』と思われる
ことはないだろう」と、安心感も芽生えて来ました。

余談ですが、当初、ワークをやることの意味を少々疑っていた感はありました。「そ
んなの本で読んだよ」とか、「そんなの気付いているよ」と思っていました。でも、
それは机上の空論です。「とりあえず、真摯にワークに臨んでみよう」と思ったこと
が、改善への第一歩でした。ワークをやらなくとも気付いていたのかもしれません。
ただ、実感していたわけではありません。本当の気付きは、「実感」なのですね。

最後に、私の結論として、「こういった治療に必要な相手は?」と問われれば、高度
な専門知識を持った人よりも、毎日、寄り添ってくれる人と答えます。どんなに名医
でも、その方を毎日拘束することはできません。リファインは、通所することで、毎
日、寄り添ってくれます。これが、いちばんの薬でした。

S.Nさん(30代:女性)

「私はあなたを妹のように思って社会復帰まで接しますよ!」

2014年11月末。過重労働と転職による環境変化、業務へのプレッシャーで体調を崩し、
うつ病を発症してから3か月目。
主治医から紹介により数度のリファイン体験利用を経ても
どこかで人との関わりを煩わしく思い恐れていた私は通所をためらっていました。
また、休職期限が迫り、在籍している企業を辞めたら年齢的にも後がないと考え、
復職を考えてもいました。

そんな私に通所の決意をさせたのは冒頭のリファイン就労センター井田代表の面談での
言葉です。就労支援センターで、どこの馬の骨ともわからない私に家族のように接してくれると約束をしてくれるとは思わず、これは半端な覚悟ではできない、
ビジネスマンとして華麗な経歴をもちながら、これほど熱い方もいるのかと驚きました。
その面談での印象深い言葉はもう一つあります。

「リファインで今一度、自分をより深く理解して、本当に望む人生を見つけなおして
メンタル不全になる前より幸せな自分を目指せばいいじゃないですか!」

在籍していた会社に復帰しても、自分の志向も感情も殺し、我慢して働くイメージしか
持てなかった私にとって、まだやり直せるかもしれないと目の前が開ける励ましでした。
この言葉でその場で在籍している会社を辞め、社会復帰と転職を目指し、
まずは回復に努め、再発予防のトレーニングをリファインでする事を決意しました。

そして2014年の12月から2015年12月まで約1年間リファインに通所をしました。
今から思えば復職しなくて本当に良かったというほど
リファイン通所開始後、体力もメンタルも安定せず、3か月は規則正しく生活を送り、
睡眠をとり、通所するだけで精一杯でした。
そんな状態のスタートでもリファインのスタッフの方々はそっと傍で見守って下さり、
トレーナー、臨床心理士、キャリアカウンセラーの方々と密に連携を取って私について
最適でパーソナルな対応をして下さいました。
このフォロー体制は体調が安定した後も卒業するまで続き、アクシデントがあれば
すぐフォローや面談・カウンセリングが入り、数人のプロフェッショナルが
自分を見てくれていると感じていました。

また、私が助けられたのはリファインに通う同じ苦しみと復帰を目指す通所者の皆様です。
リファインにはお互いに助け合い、良い影響を与え合う風土を皆で作っていく文化のようなものが私の入所当時から脈々と続いてあります。
そしてリファインのワークは利用者同士が自分の経験や考えを率直に話し合う
ディスカッションに多くの時間を割きますが、そこでリファインの文化はいかんなく
発揮されユーモアも交えた活発なやりとりが行われます。
メンタル不全に陥る前に答えは自分の中しかない、他人との話し合いは無駄とさえ思っていた私ですが、これは職歴を重ねる過程で自分の責任やスピード感を追求する中で
ゆがんでいった価値観であると考えを改めました。
自分ひとりで考える行為は壁打ちテニスのようで自分の想定内で跳ね返ったボールを
打ち返し精度をあげるようなもの。これも必要な作業ですが、他人と打ち合えばいろんな
アイディアやヒント、時には自分の予想とは全く違うボールが返ってくる…自分の視野がぐぐっと広がっていく感覚を味わいました。そしてワークを共にする経歴も年齢も違うメンバー全員が参加してラリーをしていく…ビジネスだけではなく様々なシーンで
コミュニケーションを円滑にする方法について多大なヒントを得ました。

思い返せば、私のストレスの原因やメンタル不全の原因の一つは『人間関係』でした。
コミュニケーション不足や誤ったスタンスを改善すれば、社会復帰後の行動も主体的に
なると同時に自分が楽に生きられると直感し、まさに毎日のワークが訓練になっていると
真剣に取り組みました。
そして『人間関係』で傷ついて臆病になり、得るものが少ないと考えるまでになった
私が『人間関係』に癒され、ポジティブな面を見出した経験は、実は私はコミュニケーションが好きで得意であるという事実を思い出させ、コミュニケーション力が重視される職場で働きたいと転職活動をするにあたっての企業・職種選びの柱を立てる事ができた
収穫もありました。

8月まではゆっくりしたペースながらワークの課題、他の利用者やスタッフの方々からの
指摘を通じ、本来の自分の良さや好き・得意な事を再認識し、改めて同時に過去の辛い
経験ともつながる自分の弱さやストレスについても向き合い、自分を知り再発を防ぐための集大成として『自分取り扱い説明書』を完成させ、満を持して9月から転職活動を
始めました。

結果は3ヶ月ほどの長期戦となりました。
年齢、転職回数の多さやブランクがマイナスとなり、書類通過率も10%を切る状態。
書類通過をしてもチャンスが活かせず、1ヶ月を経過して、志望度の高かった企業から
厳しいレビューと共に面接不通過の連絡を受けたきっかけで、自分のふがいなさに
リファインで思わず涙しました。

まずは親身にトレーナーの里子先生がフォローして下さり、気持ちは落ち着きましたが、頭の中はとにかく一旦休みたいという考えばかり。
ただ、思い返せば就職活動をし、社会復帰間近な私は回復期のように数日間、ダメージを
引きずって落ち込んでいるフェーズではありません。
間髪をいれず、井田代表が「明日、私が模擬面接をします!」と提案をして下さいました。
自分がもうストレスを避けるだけではなく、即時性をもって対処していかなくては
いけない段階にいると自覚すると共に私のフォローをし、状態をよく見て、最適なタイミングで手を差し伸べてくれる…私の就職活動をチームリファインで支えて取り組んで
下さっている事を感じました。
そして冒頭の代表の言葉が久しぶりに頭に浮かび思いました。

代表の模擬面接は受ければどんな面接も怖くないと定評があるほど的確にチェックして
下さるので、自信がぐらついている中、しどろもどろで終えると自分のキャラクターを
恐れず出せばいいというアドバイスがあり、拍子抜けすると同時に後は自分次第だと
腹をくくりました。その後は面接も自分らしく話すことに努めました。
そのためか不通過でも縁がなかったときっぱりと切り替えるようになり、
最も忌憚なくパーソナルな部分までお話をさせて頂いた第一志望の企業に就職が決まりました。

こうしてリスタートを切ったばかりの私ですが、リファインの皆様と一緒に社会復帰を
目指した仲間たちというアドバイザー・理解者・応援団を得た今は一人ではない
心強さがあります。

メンタル不全前後の私は他人の非難や評価を過剰に恐れていたと思います。
ただ、リファインでは私がそうだったように何度失敗しても、ふがいなさを見せても、
あきれられたり、見放されたりするという事ないと思います。

リファインは安心してチャレンジをしながら、本来の自分を取り戻し、
自分に合った道を選び、新しいスタートを切るにはふさわしい場所だと思います。
そして、もし万が一、また嵐に巻き込まれそうになったら…真っ先に駆け込む
ホームのような場所として私は今後もお世話になっていこうと思っています。

J.Yさん(50代:男性)

私がリファインで過ごした約半年間は「自分を真剣に見つめ続けた最も濃い時間」でした。
これほど自分について考え、自分の性格を見つめさらけ出し、定年後も踏まえた将来を考えた時間はありませんでした。

思い返せば、入社して早30年。順風満帆とは言えませんが、やる気とやりがいをもって会社員としての人生を送ってきました。そんな中、何度目かの異動で今回の病に倒れてしまいました。

私同様異動してきたばかりの威圧的な上司と、職場環境と仕事内容に慣れている年上の部下、私のやり方を受入れようとしない女性社員がいた職場です。新しい仕事に慣れる間もなく膨大な仕事量に追われる日々が始まり、上司からは「ちゃんとやってくれ!」とせきたてられ、部下からは「こんな仕事はできません」と突き放され、精神的にも肉体的にも追い詰められていきました。睡眠時間は3時間程度。仕事が終わりきらない絶望感に襲われ、自分のふがいなさを突き付けられ、自分の感情をコントロールできない恐怖から近所の心療内科に駆け込んだことを覚えています。投薬治療を受けながら何とか自分の感情を抑え仕事を続けましたが長くは続かず、日に日に追い詰められ、これ以上職場にいたら死んでしまうとさえ思うようになりました。

「仕事を辞めたい」そう言いだした私に家族は「辞めるのじゃなくて、休んで、元気になってから考えよう」と言ってくれました。自分では判断がつかないほど疲れていた私は、家族の言葉に従うことにしました。精神的に病んでしまうと体力も知力も落ち、正確な判断ができない。現状から逃れたいために職を辞するのではなく、まずは休んで肉体的・精神的に正常な状態に戻すことが先決と考えました。

家族の勧めもあり転院を決め、秋葉原クリニックの安藤医院長と出会い、自分の精神状態とこれからの治療法について詳しく知ることができました。知力は落ちたものの、先生からの理路整然とした説明は、不思議と自分の中に“すーっ”と入り、これからどうすべきなのかが漠然と見え、自分の病気をしっかり認識できました。そして何よりも心強かったのは、医院長の「大丈夫!必ず治りますよ!」の一言でした。

まずは会社を休務し、投薬によって苦しい状態から自分の感情を少しずつ解き放ち、約1か月で外に出るまで回復できました。その後一定時間、図書館に居ることができるようになり、次のステップとして医院長に紹介されたのが「リファイン」でした。

リファインについては、他の人達も書いているので、あえて多くは語りませんが、そこに集う皆の熱い思いが込められている場所と言えます。
自分の生き様とこれからの人生について語り合いたくなるような不思議な雰囲気と、井田代表をはじめとするスタッフの通所者に対する優しく暖かい思いがあふれている場所と言っても過言ではありません。
通所仲間とはこれからもつき合っていける友と思えるほど打ち解け合うことができました。通所者の年齢は様々ですが、皆、職場では語れない悶々としていた感情を年齢に関係なく素直にぶつけ合っています。そんな中で、再発防止に向け、これからの人生をいかに無理せず生きていくのかを考える機会と、家族同様いつでも相談できる場所を私は得ました。

リファインを卒業するに当って、最大の山場は就労トレーニングでした。職場に戻る前に他企業で働き、職場復帰した際にストレスに耐えられるかどうかを試してみる格好の機会です。
私自身はこれまでのリファインでの学びの中でトレーニングなど受けなくとも復帰できる自信があり、しっかり治っている自覚も持っていました。
しかし、今回倒れてしまった原因とも言える自身の弱点をトレーニング先で突かれ、対応に戸惑いました。弱点は「上司や部下に必要以上に気を使わないこと」などです。
これらをクリアするにあたっては、井田代表と熱く意見を交わしました。代表と真正面から感情をぶつけ合うことで、復職後の自分の姿(退職後を見据えた将来ビジョン)を再確認することができ、それを踏まえて決して再発しない!意思を改めて持てたことは忘れられません。
卒業に至る過程すべてが、リファインの細かい配慮であったことに改めて驚くと共に、深く感謝しています。

今、私はリファインへの通所を終え、職場に戻っています。今後、新たな試練がやってくることもあるでしょう。しかし、私にはリファインで過ごした経験と、いざという時には駆け込める場所があるという安心感があります。
そして、以前のような状態には陥らずに、身を守る術も身につけています。「リファインとの出会い」、それは私にとっての大きな財産です。

Y.Nさん(20代:男性)

うつ病ー
自分には馴染みのない、どこか心の弱い人がかかる無縁のものだと思っていました。

ことの発端は転職です。

前職ではそれなりにタフな仕事もこなしたし、大手顧客を若干二年目で担当し、実績も残してきました。成功体験を積んだと思っていました。
しかし転職先では、その積み上げてきた成功体験がけんもほろろに通用しない。今までのキャリアやひいては人格まで全否定されたように感じました。

普段は何事も前向きに考えることが多い性格なのだが、その時ばかりは頭の中で自責という名の自傷行為を繰り返していました。
「中途採用で即戦力として入社したのに」
「みんなから白い目で見られている」
「もうこの職場に自分の居場所がない」

自意識過剰がさらに加速し、人に話しかけることすら神経質になっていきました。
仕事ではしだいに本来は口で告げればいい内容をメールにする…、人に頼みづらいことが増えて担当外の仕事まで自分でこなしてしまう…、そんな状態。

当然仕事が上手く運ぶ訳もなく、加えて運が悪かったことに、新しく任された仕事で顧客への数百万円の誤請求でクレームになるなど、予期せぬトラブルが数々続いたのも致命的でした。

結果的に会社に行くことが出来ず、お客さんとのアポや社内の重要なミーティングを全てキャンセル。その日を境に人との接触を一切断りました。上司や同僚、顧客、家族でさえもです。
気付いたら携帯の電池を抜いており、自分を守るために社会人失格と言われるレベルまで思いっきり逃げました。

そこから数日間は家どころかベッドから出ることが出来ず、まさに生きてるか死んでるかわからない生活を送ることになります。こうやって人は堕ちていくのかと思い知りました。
その後ようやく、重い腰を上げて心療内科に通院。幸い早期で症状も重度ではなかったため、軽い精神安定の薬の処方で症状は徐々に回復していきました。

ある程度体調も戻ってきたところで会社の人事から紹介いただいたのが、ここリファイン就労支援センターです。

実はそのころ心療内科の主治医から復職可の診断書が出ており体調的には復職できている状態にまで回復していました。
しかし「本当に復職して大丈夫か?」という人事の方の問いかけに、その時の自分は何も答えることが出来ませんでした。復職への確証がどうしても欲しかった。その為の施設があるというのなら行かない手はない。

藁をもすがる思いで行ったリファイン体験初日、目を丸くしたのが、とてもメンタルヘルス不全に陥った方が集まっているとは思えない和気藹々とした雰囲気と、闊達な議論が繰り広げられている光景でした。

リファインは認知行動療法をベースとしたグループワークを中心のプログラムなのですが、そこで何よりも衝撃的だったのは、ストレスは出来事から来るものではなく、その出来事を受けてどう感じるか(=認知)によるものだということ。初日の講義を受けた自分は膝を打って必死にメモを取りました。

「転職」や「仕事の失敗」というのは単なる中立の出来事に過ぎず、そこから自分がどういう認知をしたのかがストレスの大きな要因になる。私はその出来事にネガティブな意味付けをしたことで、自分を苦しめていたことが分かりました。

そんなネガティブに傾く認知の歪みが何なのか?それはどういう気質や性格から来ているか?その気質や性格が形成されるに至った背景は何か?その答えが結果的に自己理解につながることになります。

精神病理専門家や臨床心理士が監修する充実したプログラムや、通所者の自発性を引き出しいつでも親身になって私たち通所者に向き合ってくれるリファインスタッフ、気心知れた同じ境遇の通所者の方々とのコミュニケーションを通して、ひたすら自分と向き合いました。
向き合えば向き合うたび、弱い自分に何度も嫌気がさすこともありましまが、それでも目を背けず、内面を深く見つめ直すことができました。

こうした自己分析とそれを踏まえた再発防止策を講じたものが自分の取扱説明書です。現時点での取扱説明書を完成させた今、これからの生きる指針ができ、社会という海で溺れた時の浮き輪になると確信しています。

また、その取扱説明書の中で立てた将来のビジョンから逆算し、今の会社や職務を接続できた時、転職活動も視野に入れていた自分にとってようやく復職が自己実現に向けて必要なステップとなりました。

今は復職の確証を持って第一歩を踏み出せています。
不安が全くないと言ったら嘘になりますが、リファインを通じて出会ったたくさんの方々が応援して頂けていることほど心強いものはありません。

最後に、リファインではメンタルヘルス不全になった原因はもちろん、私がメンタルヘルス不全になった意味までも教えてくれました。

井田代表を始め、リファインスタッフの皆様方、通所者の皆様方に心より感謝申し上げます。
そしてこの文章を最後まで読んでいただいた方の、一歩を踏み出すきっかけになれば幸いです。

K.Tさん(40代:男性)

私がメンタル不全になった原因は、2つあります。1つ目は、職場での新しい上司と
関係が上手くいかなかった事。2つ目は、オーバーワークによるストレスです。
この2つの原因と自分の気質が加わり昨年の2月発症しました。

私は、自己顕示欲が人一倍強く、同僚や上司からの評価が落ちるのを恐れていま
した。そのため依頼される仕事を断ると評価が下がるという思い込みから、
仕事を断れず、本音とは裏腹に依頼を快諾する行動に出てしまいます。

その結果、残業も増え休日が徐々に減り、自宅で休んでも疲れが取れず限界かな
と感じた時には、会社に行く意欲が全く湧かなくなってしまいました。

さすがに、今までに無い身体の異変から、ここまで来ると再起不能が頭をよぎり
ました。当時、精神的な辛さが特に強かったことから一度も行ったこともない心
療内科の入り口に足を踏み入れました。

心療内科の先生は、とても包容力のある方で、これまでの会社であった仕事や人
間関係での悩み、これまでの人生の辛い体験まで真摯にすべて聞いて頂き励まし
て頂きました。

今まで、人に辛い思いを打ち明けるのが苦手で、それが出来ない自分の不甲斐な
さも感じておりました。

診療、カウンセリングによって徐々に先生に打ち解け信頼を寄せて行きました。
人に悩みを話す事で、自分の辛い気持ちが頭の中で整理されすっきりとし、診療
が進むにつれて気持ちが楽になりました。

そんな矢先、先生にリファイン就労支援センターを紹介されました。はじめは躊
躇したものの2度勧められたので。見学のつもりで見にいきました。

リファインの中に入ると、メンタル疾患を患っている様な方は見当たらず、
利用者さんはビジネスマンとして仕事をしているような方が殆どで、
当時の私としては、レベルの高いディスカッションが繰り広げられているなと感じました。

ワークを通して、自分もこの雰囲気なら変われるかもしれないという強い思いか
ら利用することにしました。

リファインの雰囲気を大まかにいうと、とても意見交換し易く和やかな雰囲気が
あるセンターです。

自分にとって、リファイン内でのカリキュラムの学びの中で大切だと感じた事
は、自分の気持ちや相手の気持ちは、勝手に想像することでなく、
お互いが発する言葉でないと本当のところが判らないという事です。

挫折や失敗もありましたが、特に相手の態度や表情そして行動のみで、
ネガティブな憶測の範囲で判断までし誤解をしてしまった事に何度
も気づかされました。
その誤解や思い込みは今後の課題となっております。

それに気づく事が出来たのも、井田代表をはじめとするスタッフの方々からのア
ドバイスや励ましが常にあったからこそ。

そこから大きく変わり、自分ならではの問題点を克服するために最大限に活用で
きる就労トレーニングの場により実際の企業の環境で自分を試す事が出来ました。

そこで自分の長年の課題を克服し自分の殻を破ることが出来ました。
その勇気の一歩が自信となり次への新たな課題への挑戦に繋がることをスタッフ
の方々、利用者さん同士で喜びを分かち合い支えられました。

また就職活動に関しては、不安材料となる、職歴の棚卸し、面接での志望動機、
応募動機、ブランクの期間等、自分では思いもよらない応え方や背景を先生に肉
付けして頂き心置きなく自信をもって内定まで楽しく就職活動に専念できまし
た。そのような経緯を辿り、自分の力では到底成し得ない第一志望の会社に就職
することができました。

これまで、井田代表を始め、里子先生、スタッフの方々、そして利用者の方々、
いろいろ大変お世話になり真に有難うございました。

M.Kさん(40代:男性)

私のリファイン就労支援センター(以下リファイン)に対する心持ちの変遷を時系列に簡単に記すとするならば、
半信半疑➡︎気付き➡︎やる気➡︎感謝
と表現できます。

私は仕事がうまくいかなくなればなるほど、自分で自分に過度なプレッシャーをかけてしまうところがありました。今思えばとっくに心身に変調をきたしていた頃、自分の気合不足のみにその原因を求めて、病院にも行かず体調を悪化させ続けていました。思うように心と身体を動かすことのできない自分は甘えの権化であると自分を責め続けていました。

初めて病院へ行った時には主治医の先生から『なぜもっと早く来なかったのか』と言われる状態でした。

結局、休職することとなり、3ヶ月程図書館での勉強、運動等で自分なりに精一杯のリハビリ生活を送りました。
そろそろ社会復帰をと思い、主治医の先生にその旨伝えたところ『本当の準備はこれからです。ここに行ってみたらいかがですか?』と紹介されたのがリファインでした。

自分ではもう十分に健康体に戻ったという感覚だったため、初めはリファイン通所を断ろうと思いました。しかしビジネスパーソン向けの施設であること、金銭的な負担も少ないことを知り、ちょっとお試し!のつもりで門を叩いたのです。
今年1月のことでした。

通所当初は半信半疑で気乗りがしなかったものの、まだ1日フルに活動できるほどには体力が戻っていないことを自覚できました。

そんなある日、毎朝数分目を閉じて行うリラクゼーションの時間に、知らぬ間に左腕と右足首に力が入っている自分に気付きました。
『へ〜 俺にはそんなクセがあったんだ。緩めてリラックスしよ。ん⁈』

リファインのワークは認知行動療法をベースとしています。
これは、自分の人や物事に対する認知のクセ(パターン)を知ったうえで、その認知の視点を広げたり、変えたりすることで、自らとれる行動の選択肢を増やしていこうというものです。

私はその時、
『身体も心も同じ原理ではないか。自分自身がわかっていない自分を真剣に知ろうとすることで、もっと楽に生きていける方法が見つかるかもしれない』
と気付いたのです。

またメンタル不全は、内臓の一つである脳の疾患であり、必ずしも気合や根性だけで治せるものではないことを教えて頂きました。

それからはリファインでのプログラムに積極的に取り組みました。

振り返るとリファインのプログラムには無駄なものなど一つもありません。

体操、視覚トレーニング、ヨガ、散策等は、身体と脳を上手く繋ぎ合わせ、自分の「今」の状態を知るのにとても役立ちました。

また、資格をお持ちのプロの先生に随時カウンセリングして頂くことで、自分のその時々の課題を具体的な行動レベルで把握することができました。

そしてメインのグループワークにおいては、十人十色な意見を皆で出し合い、それぞれの意見の背景を深掘りすることで、新たな発見が山ほどありました。こんなに自分の意見をぶつけたこと、他人の話に興味津々で耳を傾けたこと、共に初めての体験でした。他人をより理解しようとすることで、逆に自分の特性や課題も浮き彫りになりました。
日々のワークを通して見聞きしたことを書き記したノートは、これから何度も読み返し、その度新たな気付きがあることでしょう。

今後は認知のクセに任せて迷走することなく、俯瞰で自分自身を操縦できる状況を増やすのが目標です。

厳しく辛いこと満載な毎日の中で、実はそこかしこに転がっている喜びや楽しみに気付くために。

ワークの度に決められたゴールに向かわせることなく、私達の話し合いが自分の内にも外にも気持ちを注げるようなものになるべく、辛抱強く導いて下さった先生方に感謝しています。

また日々のプログラムを消化していく過程で少しずつ変化していく私達を、つぶさに観察し温かく支えて下さったスタッフの皆様に感謝しています。

そして。

同じ痛みを持つ者同士、時に愚痴をこぼし合い、時に馬鹿話に呆れるほど花を咲かせ、いつでも持ちつ持たれつ助け合いながら、最後まで切磋琢磨できた利用者の皆様に感謝しています。

貴重なご縁に恵まれました。
ありがとうございます。

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