卒業生の声(リワーク/転職)

卒業生の声(リワーク/転職)

T.O.さん(30代:男性)

私はまず、医師にリファインのパンフレットをもらってからリファインにTELをするまで4週間かかりました。

そして通所を開始するまで1ヶ月。

そして、安定通所にはもっとずーっと時間がかかりました。

最初はかなりの不良でした。体調もですが、素行も。

当時の私は医師を誤魔化し、いかに手を抜くか、行ったふりをするかと考えていました。

今、考えれば、これは自分自身を狡猾で逃避型の人間であると決め込んでいたことから取った行動のように思います。

入所時はメンタルダウンの要因はパワハラと自分の弱い心であると思っていました。

そして、リファインに対しては負けない強い心を作るといった精神主義的な鍛錬をする施設と思っていました。

しかし、それは違っていました。

実際に通所をしてみると、プログラム、コンテンツが非常に豊富で、発現している部分的な脆性を近視眼的に補強するだけでなく、各人が自分らしく生き生きと今後の人生(仕事だけにとどまらず)を歩んでいけるようになるために包括的、複合的にサポートいただける施設でした。

そんな自分でも大きく変わることができたのです。

ここからは、それらを成し遂げるにために私が大事にしてきた考え方について、

一助になればと思いお話できればと思います。

取組みスタンス、ポイントは2つです。

まず1つ目は、これは特に面談時に意識していたことです。

それは、自主性を持ち、とことんとことん自分について考えるということです。

考え抜いて考え抜いて自己開示をすることです。

代表面談開始当時、井田さんは自分をじっくり味わってくださいという表現を用いられておられました。

しかし、私は時にそれ以上が必要だと考えていました。

味わうにとどまらず、グッと噛み込む、とことんとことん考え抜く。

エイヒレやスルメを食べる時のように。それで、ようやく出てくる旨味があるのです。

面談時、重要情報はしっかり考え切って、自分を出し切ってそれを伝えることができなければ、センター長も代表も正確な判断、ジャッジができません。

でも考え抜いてもわからないこともあります。しかし、その感覚が重要なのです。

そこを掘り下げる、なぜわからないかを考える。

そしてそれを開陳、披歴する。

また、センター長面談、代表面談の課題は「宿題」ではありません。自分の「人生の設計図」です。能動的に危機感を持って取り組むべきです。

そのように面談に臨んだからこそ、自分と向き合い切ることができ、真の自己理解、自己の特性を発見することができました。

2つ目は焦らないということです。

ここでは、人と比べることは何の意味もありません。

今後の人生を自分らしくいきいきと働く、生きるられるようになるのがゴールです。

自分が時間がかかったから言うのではないんですが、人によって進行ペースは違います。

それは人生経験、年齢、業務経験、業種が違うのだから当たり前であると考えます。

この私はこの通所期間について何か月分かのサラリーや短期的な昇進よりも中長期持続的により自分らしく、幸せを最大化するための投資期間であると考えていました。

よって、その他、世間一般の人や会社同期と自分が後れをとっているという考え方も捨てるようにしました。

焦らずにじっくりといいものを作ろう。ここでの一ヶ月は人生10年分の価値に相当する。

そう思って取り組んでいました。

これら2つが自分が大切にしてきた考え方です。

それではなぜ私がこのように前向きなマインドを持って取り組めるようになったかをお話ししたいと思います。

そもそもどうして安定通所ができるようになったのか。

それは皆さまの温かいサポートがあったからです。

不良通所者の私にも、

粘り強く向き合ってくださったスタッフの方々

決して怒らず丁寧に真摯にずっと向かいあってくれた山本センター長

心優しい6階メンバー

そんな中、特に自分の心に強く残っているのが、

通所が安定しない中、プログラム終了後、長めの個人面談の後、

かなり先に終わっていたのに、ずっと私を施設の外で待っていてくれたメンバー達がいたこと。そして、労い、奮い立たせてくれたこと。

これら出来事があり、私は心を入れ替えて通所するようになりました。

自分は仲間に恵まれました。そして、ここまでこられました。

みなさんも苦しい時は仲間に頼ってください。

取説でも扱ったことですが、これから、じっくりじっくりと達成感を味わいと思います。

全プログラムを修了し、私のストレスは大きく二つ、「外部要因ストレス」と「自己の内面起因のストレス」に大別できると考えます。そして、この二つは互いに連動しメンタルダウンに至りました。

これらを自己の特性を捉えた上で網羅的に対策し、環境に依らない本質的なストレス耐性を獲得することができました。

また、自分の思考のクセや行動特性をしっかりと正確に理解することができ、ライフイベントで発生する様々なトラブルに対しての有効な打ち手を体得することができ、非常に「生きやすく」なりました。

それは自己の内面を開示し、他の通所メンバーとのレベルの高い議論で研鑽され獲得できた果実です。これは通院や服薬治療だけでは決して得られないものだったと思います。

併せて業種、年代、キャリアもまったくバラバラな方々と毎日ディスカッションできたことはビジネスパーソンとして非常にいい刺激になりました。一生の仲間もできました。

休職当初はキャリアに傷がつくと早期の復帰を焦った自分ですが、短期的な昇進よりも長期的により良く「自分らしく」働ける心身を手に入れたことは非常に大きな収穫だったと感じています。

明日からがんばります。

本当に本当にありがとうございました。

Y.K.さん(30代:男性)

小さい頃から辛い経験をしてきましたが、その時々にチャンスを頂き乗り越えてこれました。
自分も誰かの力になりたいと思い働いてきました。
しかしながら自分にできることの限界を痛感し、せめて一番身近な家族だけでも何とかしたいと必死にやってきました。
しかし、それが大きなプレッシャーとなり自滅してしまいました。
主治医の薦めで、リファインを紹介頂き、再び働くために通うことになりました。
誰かの力になりたいという思いで今まで努力してきましたので、働いてもおらず家族のためにも何もできてない自分に当時は罪悪感と自責にさいなまれながら過ごしていました。
そんな時、スタッフの方々や通っている方々の励ましにより徐々に生活が安定してきました。
そして、リファインでの日々のワークに集中できるようになり、
他者の価値観に触れることで一人一人がそれぞれ大事な考えを持ち一人一人が大切な存在で個々に素晴らしい才能があることに気づきました。
徐々に自分も大切で、まだまだやり直す事ができると感じるようになりました。
更にリファインのように、人の生活を支え応援する場所が社会にあること。
通っている方々の社会をより良くしたいという強い思いがわかり、自分一人が頑張る必要はないと心から思え、自分で課していたプレッシャーから解放されました。
これからは自分のために、自分ができることをして、可能性をゆっくり探していこうと思えることができました。
目指していた未来とは違い、生き方や働き方を間違えて取り返しができないと思っていました。
しかし、リファインや出会った方々に多くのチャンスを頂けたということを感謝しながら自分の仕事をしていこうと思います。

M.Kさん(50代 男性)

メンタルダウンするまで、私は約30年間特段休むこともなく一つの会社に勤め続けていました。病気や怪我に無縁だったこともあり、体力任せに仕事を行っていたと思います。

加齢と共に徐々に無理が効かなくなり疲労が溜まっていましたが、自分がメンタルダウンするとは全く思っていませんでした。

私の場合は発達障害(ASD)であり、治療回復するというよりは、状態を理解してうまく付き合っていく方法を習得し社会復帰を目指することになりました。

リファインでは自身の気質・性格の理解を元にした再発防止策について考え、復職に際して一人一人のマニュアル(取扱説明書)を作成することとなります。何の助けもないと大変ですが、そのために認知行動療法に基づく多種多様なワークや講演等が用意されおり、途方に暮れることはありませんでした。

むしろその作業において、働く意味や今後の人生を落ち着いて考える時間と場所を持てたことが重要だったのだと思います。

似たような事情で集まった様々な立場の利用者の方々からは、ワーク等を通して従来の仕事の中では得られない貴重な知見を得ることができました。

またリファインの講師・スタッフの方々からも暖かく支援していただき、私としては新たに自分を見直す場としては格好の場所だと思っています。

表面的な回復だけなく、今後の人生をどう送ることが望ましいかといったところまで考え、以前の私と比べて今後に自信と安心を得ることのできた場だと思いました。

Y.O.さん(20代:女性)

私は2度、メンタルダウンをしました。
リファインは1度目のダウンの時にも主治医から紹介されたのですが、そのときは自分の力でできるなら自分でなんとかすべきだと考えていたので体験に行くことすら拒否しました。

メンタルダウン患者の中にはもっと大変な人もいる。その人達のために就労支援がある。自分は家から出たくないとか何もする気が起きないとかはなく、まだ元気があるほうだから就労支援の助けを借りるべきではない、甘えてはいけないと考えていました。

休職しながら就職活動をして新しい会社に入社しましたが、思い込みが激しく自分で自分を追い詰める癖のせいで、半年経ってからまたもメンタルダウンをしてしまいました。
さすがに2度もダウンをしたのでこのままではいけないと思い、リファインへ体験に行くことを決めました。

そういう意味では1度目のメンタルダウンから通所するまでに1年半近くかかりました。

リファインに来て良かったと思うのは、自分の感情に対して関心を持つようなり、早い段階でストレスに気づいて対処できるようになれたことです。
これまでの私は、ネガティブな感情は持つべきでないと考えて常に目をそらしてきました。見ないようにしているだけなので何の解決もできず、知らない間にストレスを溜めていました。

毎日のルーティンである「感情日記」を通して、ネガティブな感情を持つ持たないが大切なのではなく、その感情を受け入れた上でどのように考えと行動を変えていくかが大切だということに気づきました。
自分の感情を受け入れられるようになってからは、本当に生きやすくなりました。
今となっては、昔の自分はなんて難しく苦しい人生を送っていたのだろうと思います。
リファインに通所して本当に良かったです。
ここで学んだことを忘れず、より一層磨き続けて、楽しい人生を送っていきたいです。

Y.I.さん(30代:男性)

休職に入ってから半年ほど経った5月、そろそろ働くことも考えていると主治医に言った際に、主治医から紹介されたのがリファインでした。メンタルダウンは2回目でしたが、当初は自分はもう働けると考えており、就労移行なんて…と思っていました。一方で、再度のダウンで、会社で働くことに抵抗があり、どうしてよいか分からな無い状態だったので、家でだらだらしているよりは良いかと軽い気持ちで通所を始めました。

当時は、リファインを他の就労移行と同じように福祉的なサービスを提供するもののイメージで考えていました。リファインで、社会に戻ることだけでなく、戻った後に二度と同じようにダウンをしないように自分を分析し、対策を講じることは想像もできませんでした。当時は社会から自分が外れている認識すらそもそもなかったのでそりゃそうですね。主治医が言っていた通り、リファインは就労移行の中でも特別な事業所でしたが、通所前にあるいは通所当初それを認識することは、今から考えても無理だと思います。

通所当時は、自分が二度もダウンしたにも関わらず、「病気である」という認識が薄かったように思います。「自分は弱くてダメで、(本気を出せばできたしダウンもしてないのに)逃げただけだ」と考えていたことが、ワークを通じて真に自分と向き合うことも対策をすることもしなかった原因だと思います。リファインは様々な人がいますが、優秀なビジネスパーソンが多いです。年の売上が兆単位の企業で、表彰を受けている人や最年少課長やらの話は事欠きません。「自分はエリートで他とは違う、こんなところにいるべきではない」という認識は、入所当初に多くの人が抱いている印象でしたが、当時を思い返すと、その中でも自分は特にこじらせていたかもしれません。7月になり本通所が始まりましたが、

そんな状況なので、当初は「得るものなんてほとんどない!」と思っており、具合が良くないと休むことを繰り返し、「早い人で半年?俺なら3か月だな!」と息巻いて、直ぐに卒業できるだろうと思っていた通所は気づいたら半年を超えていました。

通所をしているうちに大きな転機が3つあったように思います。

一つが、“トリセツ”(※自分の取扱説明書の作成、リファインの卒論的なもの)を始めた際に、昔の自分はどうだったかを思い出したことです。昔の自分はどうだったのか、どうしてこうなったのかを考えたときに、自分は病んでいるのだ、ということを初めてちゃんと認識できました。そして、対処も直接的で場当たり的なものでなく、自分という人間に基づいて、より本質的に行うことが必要だということに気が付きました。その頃のワークでは、『コンセンサス』を取るワークが特に印象に残っています。自分の『強烈な負けず嫌い』というずっと持っていた性格に気付くと共に(自己肯定感の低下から、近年ではずっと負けず嫌いを抑えつけていました)、逆にどうしたら周囲と良い関係性を築けるのかを考える良い契機になりました。

次が、リファインでの友人(他の通所者)との関わりから、人と自分のあるべき関わり方を学んだ際です。11月に、無断欠席を機に、体調面の問題からトリセツを進めるための面談が停止していました。卒業の目的であるトリセツがいつ再開するかもしれないままに3週間が経過し、今後が見えないことの不安さから、通所を辞める寸前まで追い込まれていました。「いつ再開できますか?」「どうしたら再開できますか?」と、今考えるとたったそれだけのことが、言ってもダメだろうと予期不安ばかりを抱えて動けなくなっていた自分がいました。その際に一歩を踏み出す勇気をくれたのが、リファインの通所者同士で特に仲の良かったMさんでした。その時に、周囲の友人の存在のありがたさを感じました。一方でその時、ストレスが掛かっていたときほど、周囲との関係性を絶ってしまっていた自分に気づきました。暗い表情をして落ち込んでいた自分に、「どうしたの?飯いきましょう!」と、手を差し伸べてくれたMさんは自分の人生を救ってくれた恩人と言っても過言ではありません。彼は先にリファインを卒業しましたが、今でも定期的に会って話をしています。そういう意味で、生涯の出会いの場であったと思います。また、結果として1年と3か月もの期間をリファインで過ごしたことは、多くの、多様な人生経験と価値観を持った素晴らしい通所者との出会いのきっかけになったと思っています。多くの業種、職種の素晴らしい人と出会えたことは自分の資産になっていると思います。

最後は、行動を変えたことで、自分が大きく変わったと明確に感じた際です。きっかけは3月ごろに、トリセツの「今後について」を考えた際のことです。周囲の信頼を得るために、当たり前の生活習慣ができるようにするという、まあ言ってみれば当たり前すぎるしょうもない内容です。例えば朝が苦手で、度々遅刻をしていました。しかし、自分のこれまでの人生や考え方を掘り下げたことで、朝に早く起きることに必要性を感じていなかった自分にも、病気以外のちゃんとした理由があったことを発見したことで、次の日から『朝早く来ること』ができました。これをきっかけに、正式通所が始まってからの8か月間、2週間連続で通所できたら新記録という状態から、当然の様に毎日、朝早く来ることができるようになりました。それ以来、6か月の間、一日も欠席をしておらず、7月の就活中に急性胃腸炎に罹ったときですらリファインに顔を出していました。6か月で18キロものダイエットにも成功し、スタッフや他の通所者との会話が圧倒的に多くなり、リファインを家よりも居心地の良い場所だと感じることができるようになりました。また、トリセツが進み自己理解が進んでいくにつれ、日々のワークから得られるものが増えていきました。ワークを行う際に「自分とは何か」というフレームワークができたからです。4月から代表面談に行くと、トリセツで自分を掘り下げることは更に面白くなり、たった1~2か月の間、居心地の良い環境にいるだけで、それに耐えられるほどに体調が回復していました。それまで8か月かけて大きく病状が改善していなかったことを考えると、衝撃的です。最近からの通所者の方から見ると、以前の僕は全く想像もできないでしょう。劇的な変化です。

そんな僕も、転職活動では大変でしたが、結果として、トリセツを元に作成した『就活の羅針盤』で方針を決め、大手企業を含む複数の会社から内定を頂き、無事に第一志望の会社への入社を決めました。

リファインを卒業する今、他の通所者や、うつで苦しみ、通所を検討していてこの体験記を読んでいる人に伝えたいことは、とにかく今、苦しんでいる自分を許してあげて欲しいということです。自己受容という言葉がリファインでも良く出てきます。でもその言葉だけでは到底片づけられない深い深い悔恨や、とりかえしのつかない過ち、こうするべきだったのにやらなかったという自分への卑下、責め、他人への反発、侮蔑、自己嫌悪、焦燥、自分への失望、絶望…過去の出来事に対して、様々な言葉にできない思い・感情が特に自分に向けられていると思います。

でも、その時の自分は自分なりに頑張っていたのではないでしょうか。それは結果としては満足いかないのかもしれないけれども、理想とは違うけれども、その時の、自分なりになんとかしようとあがいていた自分を、仮に絶望して何もできなかったとしても、そこに至るまで頑張った自分を許して欲しいと思うのです。自分を許す行為は、自分を責めている時は、『逃げ』とも、『開き直り』とも感じると思います。自分も通所当初はそうでした。

しかし、うつで悩んでいる自分を変えたい、なんとかなりたいと思った時に、最初に本当に必要なのは、自分を許してあげることだったと思います。

そしてそれには思ったよりもずっと時間が掛かります。自分に相対し、発見をするためには周囲の環境がいります。それを助けてくれる適切な仲間が必要です。自分に相対するための体力がいります。苦しくて、悔しくて、後悔で、眠れなくなります。

個人のキャリアとして、30代前半のキャリアをもっとも積まなければならない時期に1年と2か月もの期間を、就労移行支援で過ごしたということに対する代償は決して軽くはありません。それでも、その意思決定をした自分を許し、結果としてリファインとの千載一遇の出会いを得られたことを褒めてあげたいと思います。そして卒業を迎えることができた自分を祝ってあげたいと思います。僕個人としてはリファインでなければならなかったと思っているし、リファインに通って本当に良かったと思っています。

N.M.さん(20代:女性)

リファインに来てからのわたしにとって最大の変化は、
「自分なんかいなければ良いのに」と思わなくなったことです。

記憶にある中で最初に「自分なんかいなければ良いのに」と思ったのは小学生の頃でした。
きっかけも経緯も覚えていませんが、それ以来ずっとこの思いは消えることはなく、
何かネガティブな出来事がある度に「ああ、やっぱり自分なんか…」と考えてしまう自分がいました。
成果を出せば周りが認めてくれるかもしれない、とがむしゃらに頑張ってきましたが、
褒めてもらったり表彰されたりしても「こんなんじゃわたしの存在意義にはならない。足りない。足りない。」と自分を追い込む癖は消えず、
2012年に過労でメンタルダウンを起こしました。
その後は転げ落ちるように復帰と再発を繰り返し、
結局6年間で4回もメンタルダウンをすることになりました。

2018年、遂に会社の休職期間を使い切り退職を余儀なくされたわたしは、
これから先も復帰と再発を繰り返しながら生きていく以外に道はないんだろうな、と半ば諦めの境地にいました。
そんなわたしを見て主治医が紹介してくれたのが、リファイン就労支援センターでした。

リファインには同じことに苦しむ仲間と、サポートしてくれるスタッフがいました。
時には泣いたり笑ったりしながら、ただひたすら自分の課題と向き合ってきました。
自分の得意なこと、苦手なこと、自分がメンタルダウンしてしまうメカニズム、
過去のこと、未来のこと、自分が本当に大切にしたい価値観。
いろんな角度から、来る日も来る日も、「これができれば本当に再発しないの?」を納得いくまで自分に問い続けました。
日々のディスカッションで仲間と意見を交わしあい、スタッフの方々と何十回も面談を重ね、ようやく完成した自分取扱説明書。
それでも「ここの部分の自己理解は不十分だ。ここが穴になって再発してしまう可能性がある」と少しでも思えば、何度でもやり直しました。

取扱説明書が終わり、1年間の離職期間を経てわたしは就職活動に移行しました。
コミュニケーションに苦手意識を持つわたしは、転職なんて相当苦労するだろうと思っていましたが、
毎日リファインでディスカッションをやってきたことで、知らず知らずのうちに伝える能力が身についていたようで、
過去に在籍したどの会社よりも、自分にとって良い条件の転職先を決めることができました。

ふと気付けば、ずっと自分の頭にリフレインし無意識で呟いていた「自分なんかいなければ良いのに」という考えから解放されていました。
自分のあるがままを、良いとか悪いとか判断せず、そのまま受け容れることができるようになっていました。

鬱はつらかったです。
でも、鬱にならなければ、こんなに自分と向き合わかなかったし、
自分が人生を賭けて大切にしたいものにも、きっと気付かなかったと思います。
だからこそわたしは、鬱になる前より今の自分のほうが、良い人生を歩んでいける自信があります。

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